ローマ教皇フランシスコ14世は、カトリックの主教たちに宛てた初となる公式書簡の中で、無責任なAIの利用を「バベルの塔」に例え、代わりに「神と人類が共に暮らす街を築く」よう全員に促しました。この比喩は、日本において特に深く突き刺さるものがあったに違いありません。なぜなら私たちは、「バベルの塔」が神の祝福を受けた都市とは真逆の存在であることを、身をもって知っているからです。実は1990年代、まさに東京のど真ん中に、そんな途方もない超巨大建造物を建設しようという構想が実際に浮上していました。そして驚くべきことに、その提案された構造物は、聖書のバベルの塔よりもさらに規格外で、恐るべきものだったのです。
これは、かつて計画された高さ10キロの垂直都市「東京バベルタワー」を巡る、にわかには信じがたい物語です。そう、これがそのプロジェクトの「本名」であり、そしてこの名称こそが、この計画全体の中で最もまともなディテールなのかもしれません。

世界の超高層建造物・ランドマークと「東京バベルの塔」の高さ比較
「ゼロ」の数が多すぎる、あまりに規格外な建築計画
「東京のど真ん中」に東京バベルの塔が建設される予定だったと言いましたが、それは厳密には正確ではないかもしれません。この塔は、実際には東京という都市そのものを「置き換える」ことを目的としていたからです。現在世界で最も高い建造物であるドバイのブルジュ・ハリファの12倍の高さに相当し、なんとエベレストよりも高い一つの巨大な構造物の中に、3,000万人もの人々を収容しようという計画でした。
この「アーコロジー」(都市の無秩序な拡大を抑制するために構想された自己完結型の超巨大建造物の適正呼称)を発案したのは、早稲田大学の建築家であり環境エンジニア、そして都市科学者でもあった尾島俊雄博士です。この塔を建設するには100年から150年の歳月が必要と試算されました。尾島氏がこの計画を提唱した1991年当時の見積もり価格は、わずか3,000兆円でした。
2026年の価値に換算すると、およそ3,600兆円に達します。これは地球上に存在するすべての富の約5%に相当する額です。単なる物理的な現金や預金だけでなく、紙幣、硬貨、自動車、不動産、美術品など、この世の「あらゆる財産」の20分の1を注ぎ込む計算になります。その大半は、この怪物的超高層タワーを建設するために必要となる100億トンの鋼鉄に費やされる予定でした。しかし、推定寿命が1,000年であることを考えれば、むしろ格安の投資だったと言えるのかもしれません。
地上において、東京バベルの塔の敷地面積は約1億1,000万平方メートルに及び、尾島氏はその建設地として完璧な場所を見定めていました。それは、東京の主要な駅を網羅するJR山手線のループのまさに真ん中、その中心部です。秋葉原、新宿、渋谷、四ツ谷、恵比寿など、私たちが現在「東京」として思い浮かべる首都の主要エリアを全て立ち退かせ、解体・更地にしてようやく、この塔の土台が完成するのです。そしてそこから、本当の「狂気」の幕が上がります。

提案された「東京バベルタワー」の各エリアの名称と高さ
現実に迫り来るディストピアの悪夢
もし建設されていたら、東京バベルタワーは約1,969階建てになり、内部は複数の領土に分割される予定でした。地下の「地界」には、発電所や駐車場、ライフラインなどの重要なインフラが収容されます。地上から最初の1キロメートルまでは「人界」と呼ばれ、人口の大部分がここで暮らすことになります。ここは居住と商業が融合した複合ゾーンを想定していました。それもそのはず、個人住宅の1階に小さな店舗を構え、国内最高峰のカフェやベーカリーが日常に溶け込んでいる日本らしさを反映させた結果でしょう。
人界の最上部から高さ9キロメートル地点までの間には、「雲界」「空界」「臨界」の各テリトリーが配され、商業施設、企業オフィス、政府・行政機関の庁舎、そして工場が占有する予定でした。素晴らしい先見の明を持っていた尾島氏ですが、どうやら『エリジウム』や『銃夢』のように、富裕層や権力者が一般市民を見下ろすように文字通り雲の上に住むという、SF映画のディストピア的展開を読んだことはなかったようです。
さらに上空、頂上付近の「宇宙」に至っては、完全にディストピアの様相を呈します。太陽光エネルギーの収集や宇宙航空アクティビティ専用となるこのエリアは、成層圏にほぼ到達します。気圧は海面上の約4分の1しかなく、気温はマイナス50°Cからマイナス55°C(マイナス58°Fからマイナス67°F)という極寒の世界。猛烈な暴風が吹き荒れ、酸素は極限まで薄くなります。尾島氏自身も、このテリトリーには航空機並みの気密加圧システムと旅客機レベルの断熱性が必要であると言及していました。それもそのはず、建物の最上部は民間航空機の巡航ルートの真っ只中に位置することになるからです。

東京全域における全8段階の建設プロセスのイラストと、建築模型(早稲田大学アーカイブ蔵)
美しき夢の跡
東京バベルタワーの構想は、1992年にブラジルで開催された「リオ地球サミット(国連環境開発会議)」で発表されましたが、尾島氏が最初にこれを思い描いたのは1980年代のことでした。この時代背景を知ることで、彼の真の意図をより深く理解することができます。彼がこのアイデアをひらめいた当時、日本の経済はまだ絶頂期にあり、ビルは高層化の一途を辿り、科学技術は光の速さで進歩し、日本の人口は増加し続けていました。
尾島氏について忘れてはならない重要な点は、彼がただの空想的なサイバーパンクのイラストレーターではないということです(ちなみに、東京バベルタワーの具体的なビジュアルイメージは、アーティスト兼デザイナーの藪野正雄氏によって描かれました)。80年代当時、彼は極めて論理的かつ数学的に思考していました。彼の計算によれば、2020年までに東京の人口は都市の限界を超えて溢れかえることになっており、彼は来たるべきその危機に対する解決策を真剣に模索していたのです。彼のビジョンは、材料科学や工学の進歩に対する多大な希望と期待に満ちていましたが、およそ40年もあれば、サイバーパンクなSFの世界はごく普通の現実科学になっているだろうと確信していました。彼は楽観主義者だったのです。そして、あのバブルという狂乱の時代を生きた多くの人々がそうでした。
2025年に放送されたNHKの番組内で、当時88歳を迎えた尾島氏は、この東京バベルタワーの計画を振り返り、結局のところ、自分はただ「あまりに壮大すぎる夢を見ていたのだ」と結論づけました。現在において、このタワーの建設は不可能です。おそらく今後、数十年間、あるいは数世紀にわたっても不可能のままでしょう。しかし、より根本的な問題は、たとえ何らかの奇跡が起きて建設可能になったとしても、急速な人口減少という正反対の課題に直面している現在の日本には、もはやこの塔を必要とする理由がどこにも残っていないということです。
尾島氏自身は、日本建築学会賞や瑞宝中綬章を受章するなど、輝かしいキャリアを築き上げました。さらに言えば、もし誰かがこの「東京バベルタワー」の設計図をスタジオジブリに持ち込んだなら、私たちは映画史に残る最高峰の傑作アニメーション映画に出会えるかもしれません。それこそが、高さ10キロメートルの巨大なビルを建てることと同等の、いや、それ以上にリアルで偉大な、彼が未来へ遺す真のレガシーとなるのではないでしょうか。
この記事は、Cezary Jan Strusiewiczによる英語の原文を翻訳・編集したものです。