石畳の小路が交差する神楽坂の閑静な一角に、遠州流茶道の家元がひっそりと佇んでいます。角を曲がると突如として現れる趣ある格調高い日本家屋。その奥で私を温かく迎えてくれたのは、遠州流茶道第13世家元・小堀宗実氏の長女であり、自らも茶道家として目覚ましい活躍を見せる小堀宗翔氏でした。

髪を上品に結い上げ、蝶の柄があしらわれた鮮やかな赤い着物を纏った彼女。その一挙手一投足には、生涯を茶の湯だけに捧げてきた者特有の凛とした佇まいが漂っています。しかし、彼女の歩んできた軌跡は、一筋縄ではいきません。実は彼女、長年にわたりラクロスの第一線で活躍した元プロアスリートという意外な顔を持っているのです。

一見すると決して交わることのないように思える二つの世界――440年の歴史を誇る家道の血格と、現代のプロスポーツの世界。しかし、小堀氏は「その二つは決して遠い存在ではない」と語ります。自由と柔軟性、そして個人の主体性を重んじる彼女独自の茶道観を知れば、その言葉の真意が自ずと見えてくるはずです。

綺麗さびの美学

小堀氏の思想を紐解くには、まず「遠州流茶道」の流儀について理解する必要があります。17世紀初頭、徳川将軍家の茶道指南役を務めた小堀遠州によって確立された遠州流は、千利休に始まるストイックで閑寂な茶の湯とは一線を画していました。利休に代表される千家が、素朴な侘びや禁欲主義、不完全さの中に見出す静かな美を尊んだのに対し、遠州はより洗練された、開放的で優美な美学を開花させたのです。

千家が「わびさび」の概念を普及させ、世俗の雑音を削ぎ落とした静けさの中で茶を点てたのに対し、小堀遠州はそうした空間が時に客人に緊張感や威圧感を与えてしまうと考えました。彼が目指したのは「綺麗さび」――軽やかさ、気品、そして何よりも心のこもった「おもてなし」の心であり、訪れる人が肩の力を抜いて心から寛げる空間を創り出すことでした。

この「開かれた門戸」という哲学は、小堀氏自身の生い立ちにも色濃く反映されています。伝統芸能の家に生まれた後継者の多くが幼少期から厳格な英才教育を受ける中、彼女の両親は彼女が自らの意志で道を選ぶ自由を与えました。「子供の頃は本当に特別なことは何もしていませんでした。ごく普通に育ったんです」と、彼女は朗らかに笑います。

小堀氏が本格的に茶道の修行を始めたのは、大学を卒業してからのことでした。家業と一定の距離を置いたこの時間こそが、伝統の重圧に押し潰されることなく自分自身のアイデンティティを育む契機となり、やがて自発的な探求心を持って自らの意志で茶の湯の世界へと戻ってくる原動力となったのです。

アスリートとしての挑戦

大学時代にラクロスという競技に出会った小堀氏。それは彼女に全く新しい世界を開いてくれました。やがて頭角を現した彼女は、「小堀優子」の名で日本代表選手に選出されるまでに至ります。「自分の翼を広げて、世界という大きな舞台へ飛び出していきたいという強い想いがありました」と、当時を振り返ります。

その情熱は結実し、2013年にはカナダで開催されたワールドカップに出場。しかし、そこで彼女は世界の高さを思い知る試練に直面します。強豪アメリカとの練習試合で、日本代表はダブルスコア以上の大敗を喫したのです。「心がぽっきりと折れてしまいました」と小堀氏は語ります。「大学時代から日本代表として輝かしい夢を描いていたのに、アメリカチームはただ『USA』と書かれたTシャツを着ているだけで圧倒的に格好良く見えて……。自分たちがアジアの小さな一国に過ぎないのだと思い知らされ、大きなショックを受けました」。

しかし、この挫折の真っ只中で、小堀氏は自らの内にある真の強みを再発見することになります。体力を使い果たし、全身にテーピングを巻いた満身創痍の状態で、彼女はチームメイトのために抹茶を点て始めました。「すると、世界各国の選手たちが集まってきたんです。彼女たちは『MATCHA』の存在を知っていて、深くリスペクトし、進んで輪に加わってくれました」と彼女は微笑みます。「その瞬間、ハッと気づいたんです。抹茶こそが、世界と渡り合える私だけの本当の武器なんだと」。

「静」と「動」のシナジー

帰国後、小堀氏はフルタイムの茶道家とプロのアスリートという二足の草鞋を履くパラレルキャリアを歩むことを決意します。「平日は着物を身にまとって弟子たちに茶道を教え、週末はジャージに着替えてグラウンドへ飛び出し、クラブチームの練習に汗を流す日々でした」と彼女は話します。

最終的に、彼女にとってラクロスと茶道は対立する存在ではなく、互いを高め合う相乗効果を生み出す要素となっていきました。「日本には『静』と『動』という概念がありますよね。多くの人は茶道を『静』、スポーツを『動』と捉えがちですが、私自身の感覚ではむしろその逆なんです」と彼女は考察します。

「茶道においては、一連の動作や呼吸の流れるようなアプローチは決して止まることがありません。一方でラクロスは、フィールドを縦横無尽に駆け巡りながらも、ゴールキーパーとの一瞬の駆け引きの中で、シュートを決めるために究極の『静』を集中させて見出さなければならない。静と動は常に共存しており、双方を深く理解することで、両方の真価をより深く味わうことができるのです」。

現代の茶道家として

現役のアスリートを引退した現在、小堀氏はその有り余るエネルギーのすべてを茶の湯の世界へと注ぎ込んでいます。伝統の形式にただ縛られるのではなく、その人の心構えを最優先する彼女のアプローチは、極めて柔軟です。茶室に招くゲストに合わせて、彼女は指南のスタイルを自在に変えます。多忙を極める企業の経営者には、まず腕時計を外し、スマートフォンを遠ざけるよう促します。アスリートたちに対しては、オフシーズンにマインドフルネスを高め、集中力を研ぎ澄ますための最高のアプローチとして茶道を提示しています。

また、彼女は「茶道は畳の上、障子に囲まれた空間でしかできない」という固定観念を打ち破ろうとしています。「茶室という狭い空間だけに閉じこもりたくないんです」と小堀氏は語ります。「いつでも、どこでもお茶を点てられること。私はその自由さを何よりも大切にしています」。美しくデザインされたオリジナルの「茶箱」を手に、彼女はあらゆる場所へと茶道を携えて出かけていきます。舞台の上、スポーツのグラウンド、時にはサウナの中にいたるまで――お茶の真髄は、どんなシチュエーションや場所をも超越するということを、彼女は体現し続けているのです。

インフォメーション

小堀宗翔氏の最新活動は公式Instagramからご確認いただけます。


この記事は、Alina Joan Itoによる英語の原文を翻訳・編集したものです。